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ふわふわblog

今井さんが大好きで、滝沢さんは大切な人です。

迷走しているのは私だ

ここしばらく考えていたことなのですが。ツイッターも含めて、このブログのあり方を考え直さないといけないな、と。

初心に戻れば、今井翼ファンとしての、近況報告日記だったはずです。だから、テレビ出演の感想とか、コンサートの感想とか、自己満足な考察とかを、ファンの皆さんと共有できたらいいなという視点で、書いていたはず。そう、今井さんと関係のない話題は正直どうなんだろう、というためらいもあったはず。

それが時代の流れで、公開日記の習慣(?)は一般の人たちの間にも浸透してきました。友達と久しぶりに会って「最近どう?」と訊かなくても、ブログ等をみれば何があったのかだいたいわかるような。面と向かってなら、話すのを躊躇しそうな話題も、窺い知ることのできる環境になっている昨今です。

そうしたら、私ったら、誰に向かって何を発信しているのか、わからなくなっちゃった。場面によって使い分けなんて器用なことは、能力低くてできないし(複数のブログの管理とか無理)。つまりは、受け手の多様化により自分自身の中に混乱が生じた訳です。

(受け手の種類)今井翼に好意及び興味を持っている人。不特定多数の通行人。今井翼ファンではない友人知人。

誰に何処まで何を見せるかという、羞恥と信頼と度胸と距離感と安全性の問題と、相手のニーズを考慮する必要性(興味のない話を聞かされるのは苦痛)が、混乱の原因なので、それらを無視することにしました。閲覧自己責任ということで、不快なら見ないでねの精神で、箍を外して自由に、日本人のくせにオブラートに包んだりせず、赤裸々に、醜いものに目を瞑らずに、自分の未熟さを露呈する覚悟で。さあ、今こそ心のパンツを脱ぐ時だ。

(結論)↓
基本は『好きな時に好きな事を好きなだけ書く』:例えどんな思想でも言論は自由なはず。ただし、他者に不利益を与えるような(尊厳を脅かすような)発言はしない。

○ブログの私的定義
此処は公道でありながら、ついたてに囲まれた空間。中を覗くかどうかは通行人の判断に任せられている。気まぐれに覗かれた時の注意点として、個人を特定できるような情報(個人情報)は慎重に扱う。友人知人については、裸みられてもいいや、と思う人しか、この場所知らないし、問題ないな。家族エピソードに制限が出てくるので、家族には基本的に秘密です。匿名性の強みで、不特定多数の通行人には、身内の暴露話しても問題ないしね。以上を踏まえつつ・・・・・・

誰のために→未来の自分のため、なので読み返した時に意味がわかるように注意して
何のために→ブログのカテゴライズ能力(時系列分類分け)保存能力(紙媒体だと紛失したりする。電子ファイルも同様)を活用し、自分自身が記録したいものを、他者の目をできるだけ気にせずに、兎に角、書く。見出し(インデックス)は内容を反映したものをつける(検索しやすいように)。

ツイッターの私的定義
自分が感じたものを率直に書く。主に感情(喜怒哀楽)、疑問、ものの状態。ブログに書こうと思っていることなど。


写真はディズニーシーで売っていたくまです。姉夫婦に、姪っ子が欲しがってるから買ってきてと言われたから買ったのに、全然興味を示されなかった行き場のない子。私がお金払ったんだから、私が貰っていいよね。だって、すごくかわいいじゃん。自分のためには買わないで我慢してたのにさ。
うちの姪っ子、人の好意に感謝できる子になるだろうか。勿論、本人は悪くなくて、私を含めた周囲の大人の対応が悪いんだけど。本人が欲しがりそうなものを先回りして与えてしまう傾向があるのは問題だ。だいたい3歳児にTDLは早過ぎる。薄暗いだけで怖いんだから。メリーゴーランドで十分満足しちゃうんだよ。プー好きな彼女をハニーハントに乗せたいという欲望は大人のもので、すごく喜ぶんじゃないかなとか期待に胸をふくらませちゃっても、それは彼女が望んでいることではないかもしれないから、所詮自己満足だってことを自覚しておかないと。今回は、ハニーハントは混んでいて乗れなかったけど、もう少し大きくなったら、再チャレンジしてみようっと。